「ネガティブ・ケイパビリティ(負の能力)」という言葉があります。これは詩人キーツによる言葉で次のような意味です。
不確かさ、不思議さ、疑いの中にあって、早く事実や理由を掴もうとせず、そこに居続けられる能力*1
人は誰しも不確かな状況では不安になるものです。例えば、何か凄惨な事件があったとき、テレビではさまざまな識者が犯行の動機や犯人の「心の闇」「知られざる顔」について推測します。その背景には、思いもよらない事件が起こった理由が分からないままであることに耐えられない不安があるのでしょう。
ネガティブ・ケイパリティは、そういった宙ぶらりんの不安に流されて早急に結論めいたものに飛びつくのではなく、答えのない不確かさの中に不安とともに居続ける能力であると言えます。
キーツはこのネガティブ・ケイパビリティを詩人に必要な能力としていますが、心の臨床家にとっても大切な能力であると言われています(精神分析家のビオンや上記に引用した土居健郎がこのことについて述べています)。しかし、これは詩人や臨床家だけに大切なものではありません。原因や解決策の分からない状態に直面している全ての人にとって大切な態度であるといえるでしょう。
例えば、人間関係はその最たるものではないでしょうか。人の気持ちというのは究極的には分かりません。いくら言葉で気持ちを表現してもらっても、「もしそれが嘘だったら…」と思い始めればいくらでも疑うことが出来ます。まさに「不確かさ、不思議さ、疑い」に満ちており、何とかして分かろうとすればするほど不安は増すばかりです。ついつい、相手のちょっとした言動からネガティヴな推測が広がり、だんだんその推測があたかも決定的な事実であるかのように思えてきてしまいます。
しかし、すぐ結論に出さずこの不確かさに耐えることが出来れば、自分の中のネガティブな推測とは違う相手の側面が見えてきたり、相手との関係性に対する新たな視点がみつかるかもしれません。もしくはその疑心暗鬼の不安そのものから距離が取れるようになってくるかもかもしれません。
不安の中にいると、こういった態度で居続けることは言うは易く行うは難しではありますが、すぐに答えや結論を求められる昨今だからこそ、不確かなままでいることにも意味があるという視点は重要になってくるのではないでしょうか。ネガティブ・ケイパビリティは、詩人や臨床家だけではなく、この不確かさに満ちた世界を生きていく全ての人にとって指針となる有用な言葉であると思います。
*1:『方法としての面接 臨床家のために』土井健郎(医学書院)より引用